• おさむのひとりごと

   心地よい風が秋を感じさせてくれる季節となりました。『一番好きな季節』とおっしゃる方も多いのでは。いかがお過ごしですか。

今回は台風で2年続けて中止となった『北澤工務店ゆるゆる富士登山』の報告です。やはり何度登っても富士山は素晴らしい。今回もハプニングと感動と反省の連続の富士登山となりました。盛りだくさんの二日間だったので、2回に分けての報告です。

《富士登山報告その1》                                   c094547269358b62bb02aa77b56547eb

21名という大所帯となったチーム北澤。その中に急遽参加となったユニークな若者がいました。優太という若者。彼は大学4年生で北海道在住。うちの次男坊が徒歩旅をしている時に出会い、散々お世話になったそうなんです。で優太、今度は自分が『日本縦断自転車旅』(通称チャリダー)を企て、実行し、ちょうど茨城を通過するというので富士登山に誘ったところ、二つ返事で『行きたいです!』ということに。若者の感性は素晴らしいなあ。

OB施主様や取引先や友人そしてチャリダー、14歳から72歳の21名の富士登山が始まりました。

《いよいよ出発》                                                     20045

午前4時北澤工務店事務所前を出発。運転手はやはりOB施主様の足立さんです。今回は『プリンスルート』での登山ということで富士宮口五合目に到着。高度順応の後、集合写真を撮り緊張感と共に出発。6合目まで来たところで、最初のハプニング。『Iさんがいない!』あちゃーーーー、なんてこった。。。

五合目まで駆け下りて探したけどいない。待機してくださっている足立さんに訊いてもわからない。

仕方なく戻ってしばらくするとIさんから電話。『あぁ、社長がぁ。なんだか違う方に来ちゃったみたいだなぁ!』道を間違えて富士宮口登山道の7合目まで登ってしまったらしい。。。何度も車内で注意して、資料も渡したんだけど・・・(^_^;)

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申し訳ないけれど下山して分岐を経て追いついてもらうことに。ちょうどその頃全体は3歩進むと2歩下がる通称『アリ地獄』と言われる宝永火口を登っていました。すると次のハプニング。過酷な登りに体調不良の方が出てしまいました。で、前回の富士登山で学んだサプリメント(マグネシウム)を飲んでいただくと、あら不思議!!5分もしないうちに元気になっちゃった。恐るべしサプリメント。

やっとの思いでアリ地獄を登りきって休んでいる時に、Iさんが追い着きました。金剛杖に日の丸が目印のIさん。その姿が霧の中に現れた時の仲間の歓声が忘れられません。で、その時の『いや~、やっと追いついたぁ!』のIさんの勇姿\(^^@)/  cea40af310287a5d926f5dc29bf9cafe

宝永火口と富士山の裾野の圧倒的な風景を堪能しながら御殿場口登山道に取り付く頃、Sさんが体調不良を訴える。Sさんはご高齢ながら常にトレーニングを重ねており、たつのこ山も走って登るほどの方です。しかし山では何が起こるかわからないものです。かなり重篤な様子で、足がつったり嘔吐が襲ったり。やがて全く歩けなくなってしまった。。。

 

他の方々には先に進んでもらい、チャリダー優太と私でマッサージをしたり荷物を持ったりお話しをしたり・・・でもどうにもカラダが動かないSさん。この辺は山小屋もない。下山しようにも相当上がってきてしまった。どんどん時間が経ち果たしてこの先どうなるか!!続きは次号で。

  暑さ寒さも彼岸までとは言いますが、今年の夏も厳しかったですね。いかがお過ごしですか。今回は『50歳だよ!富士登山&同窓会』のお話を。

私は山梨県にある日本航空高等学校を卒業しました。24期生です。当時の航空高校は『全人教育』を掲げ、全寮制・全クラブ制、外出も許可制で洗濯機もなく、テレビは食堂に一つという、非常にユニークな高校でした。高校時代のエピソードはこれまでにも何度か書かせていただきましたね(笑)

当時16歳だった仲間も今年50歳。いつの頃からか『50歳になるんだから、記念に富士山に登ろうぜ!』みたいな話が出て、『富士山に登ったあとに同窓会やろうぜ!』なんていう話がまとまっていきました。実施日は8月4日5日に決まりました。

登山希望者は9人。石和温泉に集合して須走口から登ることになりました。50歳だよ 富士登山 同窓会_170810_0176須走口は7合目まで樹林帯が続く気持ちのいい登山ルート。しかも金曜日であるのに空いています。菊屋のおばちゃんに挨拶して、雨交じりの中歩き始めました。

初めはかなり調子よく歩いていたのですが、本6合目あたりを過ぎると異変が。。。二人が『頭が痛い』と言い始め、列から遅れるようになりました。やがて標準時間の倍の時間をかけて8合目下江戸屋に到着。ここからは吉田口登山道と合流するため、いやまあ~!!とんでもない混雑状況です。山小屋さんも忙しいから仕方ないのですが、やはり須走口で泊まるなら『見晴館』に限りますね。ぜんぜん快適さが違います。

翌日は混雑を考えて午前1時半に出発。団体のガイドさんの声が響く暗夜の中、無事頂上。朝日岳に移動して御来光を待つ間のあったかいコーヒーと味噌汁。いやーーーこの美味さといったら言葉にしようがありません。そして・・・その瞬間。。。  

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記念写真を撮り、お鉢巡りを堪能して下山。この下山がまた厳しいんです。厳しくても自分の足で歩くしかない。膝を痛めた仲間もいました。体力の限界だ~!と嘆く仲間もいました。それでも歩き続ければ必ず着く。4時間かけて無事に到着したのでした。

お昼ご飯を食べ、石和温泉に戻ってきたのが15時。宿にチェックインして温泉に入り、18時からの同窓会に備えました。

同窓会には同期生30人、恩師7人が集まりました。いやーーー、こんなに集まってもらえるとは思わなかった。大盛会の同窓会となりました。

3年間同じ釜の飯を食った仲間です。私たちを24時間見守ってくださった恩師の方々です。思い出話の花に花が咲いたのは言うまでもありません。2時間半、あっという間の同窓会でした。

仲間って素晴らしいですね。在学中は孤独感とか孤立感を感じていた私ですが、私自身の問題だったんですね。同期生は作り直しができない。この仲間と、ずっとつきあっていきます。

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  厳しい暑さが続きます。体調管理をしっかりして乗り切りたいですね。いかがおすごしですか。

幕末の水戸藩が生んだ傑人、藤田東湖をご存知でしょうか。烈公徳川斉昭に仕え、幕末の志士たちに多大な影響を与えた人物として有名です。常磐神社内には東湖神社もありますね。

幕末のあるとき、東湖の噂を聞きつけた吉田松陰はどうしても面会したいと、江戸の水戸藩邸に東湖を訪ねます。しかし残念ながら留守でした。東湖も松陰の英傑ぶりは知っており、松陰に手紙を書きます。松陰の魂に火をつけたとも言われるその手紙の一文です。

国難襲来す。国家の大事といえども深憂(しんゆう)するに足らず 深憂とすべきは人心の正気の足らざるにあり』

まさに現代に当てはまる言葉ではないかと思うのです。今、これほどに人々の心が乱れ、離婚は激増し、心の病が蔓延している。北朝鮮の挑発に脅かされているのに、政治は乱れ、マスコミはスキャンダルと品性のないスクープ合戦ばかりやっている・・・まさに国難ではないか。しかし藤田東湖の言葉を借りれば、それらはすべて『人心の正気の足らざるにあり』ということになる。私たちに矛先を突きつけているのです。

このままじゃいけない。もし何か問題を感じたり違和感があったら、やりましょう、動きましょう。感動とは『感』『即』『動』が語源だそうです。感じたら動く。いくら知識があっても理屈で正しくても動けない。その証拠に『知動』も『理動』もない。

『感じる』をわかりやすくいえば『気づく』だと思います。気づいたことをやる、動く。ゴミが落ちていることに気づいたら拾う。元気のない人に気づいたら明るく声をかけてあげる。お天道様が有難いなぁと感じたら手を合わせる。履物をそろえる。大きな声でおはよう!行ってらっしゃい!おかえり!おやすみなさい!そんな小さなことでいいと思うのです。積小為大です。それらが『人心の正気の足らざる』ものを補い、やがてよりよい世の中をつくっていくと思うのです。

歴史の中に生きる私たちが、次の世代にどんなバトンを渡していくのか。それを意識して生きるということは、ほんとうにほんとうにほんとうに、重要だと思うのです。

藤田東湖50歳。烈公を烈公たらしめ、幕末の志士に多大なる影響を与えた東湖は、安政の大地震で母を救うために火の中に飛び込み、絶命したと伝えられています。大人物の帰依するところは、やっぱりお母さんだったのですね。国難襲来す。国家の大事といえども深憂(しんゆう)するに足らず 深憂とすべきは人心の正気の足らざるにあり』と志士を喝破し、母を救わんとして火中に飛び込み絶命。そんな激しい人生を駆け抜けた藤田東湖に学び、学んだことを実践して行きたいと思います。

さあ!!8月は富士登山月間です。今年は毎年一緒に登っている仲間と富士登山、高校時代の同級生と50歳記念富士登山、そして北澤工務店ゆるゆる富士登山の3回登山。毎回毎回異なる体験と学びをいただく富士登山が私は大好きです。また改めて報告させていただきます。

   7月になりました。30℃を越える猛暑日が続く季節です。室内でも犬や猫でも熱中症にかかるそうですので、どうぞご自愛くださいますように。記事にもありますが7月23日(日)には龍ケ崎市森林公園においてBBQ大会を開催します。ご縁のある方どなた様もご参加いただけますので、皆様お揃いでお気軽にお申し込みください!!

今回は趣味のことというか、また理屈っぽい話というか。。。(^_^;)

ぼくはオートバイツーリングが趣味です。大好きなオートバイでimage山野を駆け巡ります。圧倒的な自然やあたたかな人との出会いはいつも新鮮で、いのちの滋養といってもいいほどの体験をさせてくれます。愛車は2005年式のヤマハFJR1300。中古での購入でしたが85000kmを共に走ってきました。オートバイで85000kmというと相当乗り込んだ部類に入ります。節目である50歳になったこともあって、乗り換えすることを決めました。最後のツーリングは妻も同乗してくれ、帰宅後ビガビガに磨き上げ、無言のFJRに対していろいろ語りかけながら隅々まで撫で回しました。モノには魂があると信じて疑わないあたくしであります。

バイク屋さんに持って行く当日、お世話になっている大徳二image十三夜尊薬師寺の住職福田さんにお願いして、『感謝の法要』をしていただくことにしました。福田さんは『そのようなことはこれまでやったことがないなぁ』『該当するような経文の例もない』とのことで、深夜までかかって表白(祭文)をつくってくださいました。購入した時には多くの方が『安全祈願』等のご祈祷をするのですが、下取り時や廃車時はそのままが多いかもしれませんね。ぼくにしてみればいつもの『始まりは大切、終わりはもっと大切』の実践です。福田さんもバイク乗りです。ぼくの思いを100%受け止めてくださいました。

法要が始まりました。福田さんの太く大きな声が境内に響き渡ります。ぼくとFJRが辿ってきた数々の風景が脳裏を駆け巡ります。北海道の風景、信州の山並み、伊勢や熊野・吉野・高野の神々の地、留学する娘と3泊4日のツーリング・・・。やがて表白(祭文)。まるでぼくの心中そのものの内容に、思わず熱いものがこみ上げてきました。『・・・(前略)この車両、願主の所有となりてより久しく、車体堅牢にして安全円滑に運行し、風雨寒熱雷電等いかなる過酷な旅路においても搭乗者を守護し、共に走ること距離にして八万数千キロを超え来る。物にして心無きといえどもその功績は甚だ広大なり。(中略)然れば務めを終えたる物に感謝し供養するは、己が心の用らき(はたらき)に始めと終わりありと自覚することなり。これを俗に『けじめ』とぞいう。然れば即ち 当該車両、鋼鉄にして無情なりと雖も(いえども)、草木これに仏性有りとは仏陀の金言なり・・・・(後略)』

有り難くて有り難くて、ただただ頭を垂れるあたくしでありました。。。

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納めるバイク屋さんに向かうとき、ガソリンを満タンにしました。でも、新しいバイクが来るというのに、ぜんぜん心が晴れやかでないんですね。空もどんよりと曇っていたからかなぁ。それでも、ぼくがFJRにできることは全部やった、ありがとう、ありがとう。離れゆく愛車FJRを見ながら、そんな気持ちに満たされました。

   昨年もそうでしたが、近年は5月でも気温が30度を超します。5月21日は館林で35.5度だったとか。。。これから夏に向けてどんどん上昇していくことでしょう。体調管理が欠かせませんね。いかがお過ごしですか。

 

《冒険の共有》                                                                               12065917_1638404979753834_1146144640062121852_n

今回は栗城史多さんの事を書いてみたいと思います。ご存知の方も多いと思いますが、エベレスト単独無酸素登頂に挑戦し続けている若者です。『冒険の共有』をテーマにスポンサーを募り、講演活動をし、エベレストの頂上でその達成を分かち合うというものです。人それぞれの人生とエベレスト登山をかけ合わせ、誰もが見えない山に登っている、その人たちの支えになりたいと、何度も挑戦しては挫折し、2012年にはクレバスに転落。下山時に指を9本失いました。再起してエベレストに向かう決断をした時、彼は言いました。

『指を失うことよりも怖かったのは、夢を失うことだった』

ぼくは熱いものがこみ上げました。涙が溢れました。なんてすごい言葉なんだ、と。

回を重ねること今年で6回目。5月24日、またしても途中で断念。その後音信不通になり、誰もが嫌な予感を持ちました。もしや遭難してしまったのではないか。。。その後無事であることが分かり、下山先からコメント。

『まだ終わってません』

5月27日、また登るというのです。憔悴(しょうすい)した表情の動画でした。この搾りでるような執念に、またしてもぼくは心を打たれました。

しかし、ご存知の方はご存知なのですが、彼の詐欺疑惑がネット上で広まっています。言っていることもやっていることも経歴も、インチキだと。また余りにも未熟な登山計画に、多くのプロ登山家から批判されています。あの野口健さんも苦言を呈しています。特に今回はその日、日本の登山チーム2隊が頂上に立ちました。だのに栗城は下山。理由は『吐き気』。もはや栗城のこき下ろしは炎上に近いほど。よろしければネットで調べてみてください。数多でてきます。

でも、ぼくにとっては、そんなことはどうでもいいのです。事実かどうかわからない中で、だから信じるとか信じないとか、そんなことではないのです。そもそもぼくにとっては近い存在ではない。ネット上の存在でしかない。ただ、激しく心が打たれた。それがぼくにとっての真実。『指を失うことよりも怖かったのは、夢を失うことだった』そして、『まだ終わってません』。こうしてこの文字を打ち込むだけで胸が熱くなる。果たして自分は夢に向かっているのだろうか。熱く生きているのだろうか。たぎる想いを抱いているのだろうか・・・と。ぼくはそう感じたのです。それだけで充分です。

 

知識や情報は、時に邪魔です。いや、いつも邪魔します。知識や情報は『考えさせる』からです。正しいか間違いか、損か得か、ウソかホントか、と考える。考えたら動けない。考えるからぶれる。大切なのは『実感』だ。湧き上がる感性だ。感動というけれど、元々は『感・即・動』。感じてこそ動ける。感じさせてこそ動く。『理動』もなければ『知動』もない。理性や知識では動けないんだ。あるのは感動と情動だけなんだ。

栗城の話からとんでもない方向にいってしまいました。。。とにかくぼくは挑戦し続けている栗城を応援しています。今日は5月28日。順調に行けばあと数日でエベレストの頂上から栗城の声が届けられるかもしれないし、そうでないかも知れない。どんな結果であろうとも、彼の体験から滲み出る次の言葉を楽しみにしているおさむです。

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桜の季節も過ぎて、気温がぐんぐん上がってまいりました。いかがお過ごしですか。

4月1日2日と知覧に行ってきましたので、その報告をしたいと思います。今回は地元から12名、都内はじめ各地から10名の22名での開催となりました。

まず訪れたのが『万世特攻平和祈念館』です。DSC_2805ここは長い間『幻の特攻基地』と言われていた場所です。陸軍の最大特攻基地であった知覧飛行場の運用が過密になり、急遽海辺の砂丘を造成した特攻基地です。終戦間際、わずか4ヶ月間の間に201名の方々が沖縄方面に出撃し、散華されています。子犬を抱いた17歳18歳の特攻隊員の写真は、出撃の2時間前、この地で撮影されたものです。

ここに『よろずよに』という慰霊碑があります。いま往かんとしてbansei02沖縄方面に一歩に踏み出し、顔は東側(故郷)を向いているのです。鮮やかな花が絶えることのないこの慰霊碑の前に立つと、内側から熱いものが込み上げてきます。

万世特攻平和祈念館は、知覧や鹿屋と異なり、いつ訪れても静かです。

一時間の拝観を終えて、知覧に向かいました。知覧では『特攻おばさん』で有名な鳥濱トメさんのお孫さんである鳥濱明久さんに、たいへんお世話になりました。昼食に当時と同じ味と言われる『玉子丼』(メニューにはありません。)を食し、特攻観音堂に参拝しました。今回の私の目的のひとつは、この特攻観音堂で『特攻観音経』を奉読することでした。幸い私たち一行しかおらず、心置きなく奉読させていただくことができました。

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2時間の拝観を終え、周囲の戦跡巡りをし、今回の旅のハイライトとも言うべき鳥濱明久さんのご講演をいただきました。淡々と語る中に、時に何かが乗り移っているのではないかと思うほどの気迫。参加者の誰もが心打たれた講演でした。

その後、明久さんを交えての懇親会。それぞれが感じた『特攻と今の自分』を発表していただき、深夜まで懇親は続きました。

二日目は朝5時15分から行動開始。こんな早い時間からですから『希望者のみ』としたのですが全員出席。向かった地は『火之神公園』。戦艦大和を旗艦とする第二艦隊がこの地の先200kmの海底に沈んでいます。飛行機の援護もない水上特攻。沖縄の浜に乗り上げ、砲台として戦うという無謀な作戦。戦死された3,700名の方々を慰霊する地です。DSC_2812

その地に立つと、ちょうどご来光となりました。静かな海に昇るお天道様に向かい、それぞれが手を合わせました。

朝食の時間に知覧に戻り、お世話になった『さくら館』さんにお礼を言って出発。女学生見送りの地⇒戦闘指揮所跡地⇒三角兵舎跡地⇒猿山⇒トメさんのお墓にて献花、そして今回最後の訪問地、富屋食堂『ホタル館』に向かいました。 DSC_2811

ホタル館では昨日に引き続き明久さんが語り部とご案内をしてくださいました。22名の参加者一人ひとりに大きな気づきの旅になったと確信しています。

私たちは豊かで平和な暮らしを満喫しています。否、貪って(むさぼって)いると言っても過言ではないと思います。豊かで平和であることに余りにも鈍感であると思います。

いったい私たちは次の世代にどんなバトンをつないでいくのか、どんなバトンをつないでいきたいのか。今回の特攻に学ぶ知覧の旅は、『君は如何に生きるか!』を、激しく問いかけ、無事に終えることができました。

 

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  桜が満開となり種々も芽吹き、いよいよ春の到来です。新学期、新入学、新社会人。世の中全体に躍動を感じる季節です。いかがお過ごしですか。

今月から『感性論哲学』を私の主観でお伝えするコーナーを始めました。自分自身、感性論哲学の言葉にどれほど救われ、どれほど励まされたか計り知れません。もしこれらが、ご縁のある方の一助になればうれしいなぁ!そんな思いで始めました。

《世田谷観音》

このひとりごとを書いている今日は3月26日。今週末より『特攻隊に学ぶ知覧の旅』に行ってきます。今回は21名のご参加をいただく予定です。味わい深い旅になりそうです。

全国的に有名な知覧特攻平和会館ですが、その隣に『特攻平和観音堂』があるのをご存知でしょうか。ここに祀られている『夢違観音(ゆめちがいかんのん)』は、特攻の母として慕われたトメさん始め、多くの方の尽力で東京の世田谷観音から分祀されたものです。世田谷観音では今も毎月18日に特攻観音様の月例法要が続けられており、私もなるべく参列できるようにしているところです。

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その世田谷観音の山門前には、大きなお地蔵さまがいらっしゃいます。こちらのお地蔵さま、一般的なお地蔵さまよりも少し険しいというか、厳しいというか、、、そのような表情をされていて、お名前を『代受苦地蔵菩薩(だいじゅくじぞうぼさつ)』といいます。我々が今生体験する様々な苦難や苦しみを身代わりとなって受けてくださるお地蔵さまだそうです。clip_image006

10年ほど前、(財)特攻戦没者慰霊顕彰会が『特攻勇士の像』を世田谷観音に建立することになりました。世田谷観音には菊の御紋に覆われた立派な特攻観音堂があり、夢違観音様が祀られているわけですから、その近くに特攻勇士の像を建立したいというのが財団の要望でした。しかし、ご住職は首を縦に振りませんでした。『特攻隊の皆さんは、私たちの身代わりになってくださったんです。苦難を私たちの代わりに受けてくださったんです。まさに代受苦地蔵菩薩さんと一緒なんです。』そのようなご縁から、特攻勇士の像はあのお地蔵さまの隣に建立されているのだそうです。

このお話をご住職から聞いたとき、カラダに戦慄(せんりつ)が走りました。平和と飽食を当たり前と思い、それらを貪って(むさぼって)いる私に、改めて目を覚まさせてくださるお言葉でした。これまでも特攻を学んできている私でさえそうなんです。もはや特攻は特異な歴史でしかなく、学校でも教えない、社会でも作為に富んだ情報ばかり流す、家庭ではそのような会話は皆無の現代において、未来ある子供たちはどうなってしまうのか。居ても立ってもいられなくなるのは私にとって当然の感覚なのです。だからこそ、ご縁のある方を知覧にご案内したいのです。

写真後ろが代受苦地蔵菩薩、左に特攻勇士の像。clip_image008写真中央のお二人は呉正男先生と大穂孝子先生。呉先生は滑空飛行戦隊の操縦士です。グライダーで沖縄の敵陣地に強行着陸し、20数名の滑空歩兵が斬り込んで敵兵力を破壊するという作戦の特攻隊員でした。出撃すれば十死零生です。滑空歩兵が不足し、終戦によって生還されました。大穂先生は、あの小澤治三郎連合艦隊司令長官のご息女です。

私たちは歴史を単なる過去のもの、勉強科目のひとつ、と思いがちです。しかし私は違うと思っています。特に近現代史はまるで作為的に歪められています。現代の世相を見るに付け、それらによってまるで骨抜きにされた日本人に成り下がっている感が否めないのです。私は一介の工務店オヤジですが、共感してくださる方と共に、これからも学び続け、伝え続けていきたいと思います。

どことなく春の気配を感じる季節になりました。先日あるお客様から『ふきのとうの天ぷら』をたくさん頂戴しました。私、大好きなんですね『ふきのとうの天ぷら』(笑)。独特の香りと苦味が絶妙で、実にうまい。北国では雪の中からちょこんとふきのとうが顔を出して、春の訪れを教えてくれます。花粉症の私には過酷な季節の到来でもありますが、いかがお過ごしですか。

今回は『おさむ的富士登山の魅力』をまとめました(笑)。

《富士登山の魅力①》

富士山はどこから見ても容姿端麗。実に美しい。古来より信仰の10239山として崇敬され、木花開耶姫を祀り、現在は五合目まで道路が開通していることもあって、わずか2ヶ月の間に24万人もの登山客で賑わいます。

富士登山は、人生そのもののプロセスを体験しているのではないかと思います。単調な景色や九十九折(つづらおり)は、日常の暮らしそのもの。でもその中にこそ、小さな花が咲き、風の匂いを感じ、雲の動きを感じる。単調に見えていた日常の暮らしも同じだと思ったんです。感じる力が蘇ると、日常にこそ鮮やかな彩りが在った!!ということに気づいた私です。

《富士登山の魅力②》

登りだけの富士登山は、だんだんだんだん苦しくなってくる。私自身、何度登っても苦しい。でも、苦しい時に苦しい顔をすることは誰でもできる。つらい時にネガティブな言葉を吐いて下を向くことは誰でもできる。でも自分だけが苦しいんじゃないんだ。そんな時こそ明るく周りに声をかけ、周りの人にプラスのエネルギーを与えられるような存在でありたい。人生においてはいろいろな苦難が起こる。仕事であったり人間関係であったりお金の事であったり病気であったり事件であったり・・・。でも、どんな事が起こっても、自分の心は誰からも支配されない。自分の心の持ちようは自由だ。自由自在だ。富士登山は否が応でもそれを体験させてくれます。

(富士登山の魅力③)

我が家は3度目の富士登山にしてやっと頂上に立つことができました。1度目は悪天候のため7合目で下山。2度目は子供が高山病にかかってしまい8合目で下山。そして3度目、快晴の富士登山。見事な御来光を仰ぎ、アルプスの峰々も美しく、お鉢巡りも堪能しました。

思えば、日本一の富士山なんです。神様の山なんです。1度でサクッと登れない方が価値があるのではないかと思います。苦労して手に入れるからこそ価値がある。子供たちも大人になるにつれて様々な経験を重ねていくのだろう。様々な困難が起こるだろう。その時に西の彼方に佇む富士山を仰いで欲しい。あの富士山に家族で登ったんだ、そう思い返して欲しい。そして、起こる困難を、どうか乗り越えていってほしい。

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《富士登山の魅力④》

人生においても『登り』の時は元気があっていいもんです。目標まではけっこう頑張れる。でも人生において肝心なのは『下り』ではないかと思います。テレビや新聞で時のスターが晩節を汚す場面をよく見ます。自分が良くても家族がぐちゃぐちゃな有名人もいます。破竹の勢いのカリスマ経営者や政治家がそのピークを超えると汚職が明るみになったりします。晩節こそ慎重に丁寧に生きたいものです。富士登山も、下山が大変です。ほんとうに長く厳しい。ほとんどの事故やケガは下山で起こる。だからこそ、そんな時にこそ、自分だけが辛いんじゃない、登ってきた時以上に明るく周りに声をかけられる人間でありたいと思うのです。

《富士登山の魅力⑤》

家族の思い出づくりで、楽しいことをしたり美味しいものを食べたりすることはよくあると思うんです。ディズニーランドに行ったり、温泉旅行に行ったり、ちょっと贅沢してみたり。でも、『一緒につらい体験をする』ことは少ないですね。よくよく考えてみれば、一緒につらい体験をすること以上の『絆』ってないかもしれません。意図的な『つらい体験』ができる富士登山は、ぜひ家族でされることをおすすめしたいです。五歳くらいで元気に登っている子供もよく見ます。家族で登れるタイミングは一生のうちでも極わずかな期間。しかも年間で二ヶ月間だけです。

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《富士登山の魅力⑥》

一年間富士登山を意識することによって『健康』にものすごく注意を払うようになりました。毎日体重計に乗りますし、4月頃からは富士登山のために朝5時から6時まで軽いトレーニング。富士登山のような目標がないとついつい不健康な食生活をしてしまったり、運動しなきゃいけないんだよなぁ、と思いながらも先延ばししてしまうものです。『健康』これも富士登山の魅力かもしれません。

《富士登山の魅力⑦》

水ケ塚駐車場から仰ぐ富士山は、お世辞にも『容姿端麗』16649514_1207289729389609_8014913857343980408_nとは言い難い、醜い姿が浮かんでいます。それは、『えぐれ』とも言うべき宝永山火口です。朝霧高原から仰ぐ富士山には剣ヶ峰から切れ落ちる大沢崩れがあります。その巨大な傷は毎日、ダンプカー10台分の砂が崩れているそうです。

富士山は美しい。世界でも類を見ないほど美しい。それは日本人の精神性の象徴そのものだ。古代より神と仰ぎ、富士山を見たことがない地方の子供たちでも富士山の絵を描くことができる。

でもそんな富士山には、えぐれがある。巨大な傷がある。それでも尚、あれほどに美しく存在している。私たちも完全ではない。どうしようもない失敗もあれば、人には言えないような体験もある。それを富士山は身をもって現してくれているのだと思います。『人生丸抱えで生きる』ことこそ、美しい姿なのだと。

ぜひ、ご参加をお待ちしております。

平成29年 北澤工務店ゆるゆる富士登山

・実施日 平成29年7月29日(土) 30日(日)

・予備日                      8月19日(土)20日(日)

・登山ルート 須走口登山道もしくはプリンスルート

・募集人員 25名

・参加費 2万円を予定

・申込締切 平成29年6月30日(金)

・問合せ先 090-3045-0587 北澤修

 

・・・事前のオリエンテーション・・・

事前のオリエンテーションを開催します!!富士登山の装備品は?トレーニングは?高山病は?私で登れるかしら?等々ご質問や不安に答えると共に、一緒に登る仲間の顔合わせをしたいと思います。この時点で参加が決まっていない方もお気軽にご出席ください。

実施日 平成29年6月25日(日)    17時より18時

場 所 カタロ

問合せ先 090-3045-0587   北澤修

冬という季節は寒くて引きこもりがちになりますが、夜空に輝く星も美しく、空気が澄んで気持ちがいいですね。朝夕の御天道様の躍動も見事ですし、真っ白に雪をかぶった富士山もくっきりと見えて、内側の自分がわくわくするのがよくわかります。いかがお過ごしですか。

あと2ヶ月で50歳になる私。いまこうして『50』という数字を入力してハッ!っとするほど、何か新鮮な年代に入る気がします。

20代30代は自らの生きる意味や価値を見出すことができず、命を追い込むような旅をしたり、自己啓発の研修に没頭したりしました。パチンコに明け暮れたこともありましたし、酒を飲んでは嘔吐を繰り返す日々もありました。自分的にはがんばっているつもりなんだけど空回り。ぼくを見限って去っていく社員も多かった。孤独感とか孤立感が強くて、あろう事か父親に殴りかかった事もありました。

39歳の時に不思議な???体験をして、優等生的な生き方を辞めることを決めました。40歳で坊主頭にして煙草を吸い始めました。いやいやいやたかだかそんなことなんですけど、坊主頭と煙草はぼく自身を『自由』にしてくれました。相変わらず仕事にも暮らしにも問題は起こるけれど、真正面から受け止められる。問題のない現実はないんだ、問題は自らを成長させるために現れるんだと思える。『四十にして迷わず』という言葉があるけれど、ぼくは『四十にして迷うことを迷わず』と胸を張って言える。

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それまではお客様を怖く感じたり、現場に足が向かないこともあったけれど、それからというもの、自由になっちゃったもんだから仕事が楽しくて仕方がない。お客様家族と接するのが楽しくて仕方がない。家づくりという仕事こそ、今生自分がやりたい仕事だったんだと確信できる。散々迷惑と心配をかけてきた両親にも孝行できるようになったと思える。業績や実態はいろいろですが、気持ち的に最高の40代だったと思います。

さて2ヶ月後、いよいよ50歳になります。経営者の50代の先輩に話を聞くと、多くの方が『おさむちゃん、50代はもっと楽しいぞ!!』とおっしゃいます。60代の先輩は『いやいや50代の若造には60代の素晴らしさはわからんだろうに \(^^@)/』とおっしゃる。さらに85歳になる師、行徳先生は『きたざわさん、80からですよ、人生のおもしろさは!!』と(汗)。お互いにいい人生、やりたいものですね。

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今年も桜の季節、『特攻に学ぶ知覧の旅』を開催します。今年は土日開催です。近代史現代史は自ら学ぼうとしない限り知ることができません。学校でも教えない。何かタブーとされているようにさえ感じます。『十死零生』の選択をした若者・ご英霊の皆様の思いに触れずして、おもしろおかしく生きてなるものか。ご賛同される方、ぜひご一緒に参りませんか。

 

開催日 4月1日(土)2日(日)

集合解散 北澤工務店事務所 募集人員9名

応募締切 2月末 参加費4万円

《予定コース》

1日 成田空港⇒鹿児島空港⇒万世特攻平和祈念館⇒知覧茶屋昼食(玉子丼)⇒特攻観音堂⇒知覧特攻平和会館⇒遺構巡り⇒鳥濱明久様ご講演⇒さくら館泊

2日 火之神公園⇒花瀬望比公園⇒ホタル館⇒鹿児島空港⇒成田空港

詳しい案内もございますので、どうぞお気軽にお問い合わせください。

090-3045-0587(おさむ)                                                                              image

  晴れやかな新年をお迎えになったことと存じます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

《あいさつ禁止》

昨年話題を呼んだ『あいさつ禁止』。神戸市のマンションに住む小学生の保護者が総会の際に提案したもので、『知らない人にあいさつされたら逃げるように教えているので、マンション内ではあいさつをしないように決めてください』すると年配者から『あいさつをしてもあいさつが返ってこないので気分が悪かった。お互いにやめましょう』と一致してしまったというのです。みなさまいかが思われますか。

誘拐や残忍な事件が続く中で暮らす保護者の気持ちもわからないではないですが、ぼくには百歩譲っても受け入れがたい発想だなあ。

年配者や親が、あいさつを粗末にしていると思うんです。あいさつは人と人をつなぐものだし、気持ちがいいし、明るい地域・暮らしの基本だと思う。それが防犯にもつながる。地域の年配者や親は、不審者と一般の人を見分けられる子供を育てていかなくちゃならない。それでなくてもプライバシーだ個人情報だと、どんどん孤立化する社会なんだ。あいさつもしない社会になんてなってしまったら人間社会でなくなってしまう。地域の年配者や親が、子供に見本を見せなくちゃならないと思うんです。
『あいさつ禁止』ひとつとってもそうですが、様々な場面で「なにかおかしい」と感じることが実に多い昨今。多くの人がそう感じている。マスコミに踊らされているのかもしれないけれど「なにかおかしい」。でも、誰かがやるだろう、私には関係がない、まあ仕方ないか、と目を背けていることってありませんか。

《ザ、おせっかい!》

斯く言う私もその一人なのですが、今年50歳になる私。次の世代にこんな流れをつないでいきたくない。ほんの少しでもいいから、ほんのわずかでもいいから、自分が良しと思う方向に貢献できる生き方をしたい。

その為には、「なにかおかしい」と感じたことに対して傍観者(ぼうかんしゃ)ではいられない。無関心ではいられない。見て見ぬ振りなんてできない。お節介と言われようがなんと言われようが、行動しないわけにはいかない。それをぼくは家づくりという仕事を通して実現していきたい。

家づくりという仕事の特異性はお客様家族との深い接点だと思います。中でも最近良く耳にするのが娘さんや息子さんが独身を満喫して結婚適齢期(この言葉も死語か!?)を過ぎてしまい『いい人がいたら紹介して!!』という切実な親御さんの言葉です。。。結婚をしない、子供を産めないということは、個人のレベルを遥かに超えた大きな社会問題だと思います。そんな大きな問題であるのに、世間は、年配者は、無責任になってしまった。関わっても成就しない無力感なのか、戦後の個人主義の負の遺産なのかわかりませんが、とにかく無責任に見える。もっと皆でいい意味でお節介な人にならなくちゃならないと思う。生き方や考え方を伝え、男女の出会いを創造していかなくちゃならないと思う。古来の日本人はそうだった。否、世界中がそうだった。実は、自分の意思で結婚相手を見つけるという文化は、まだ3代の歴史しかない。離婚の激増の要因でもあると思うのです。

ということで、今年私は『ザ、おせっかい!』というテーマで活動していこうと思います!!

かと言って、北澤工務店で婚活パーティを開くわけではありません。『体験』を通してきっかけを創造したいと思うんです。『時間と場所を変えれば人は変わる』と言われます。日常ではなく非日常の機会で男女の縁がつながったら・・・わくわくする自分がいます!(笑)

心ある方はぜひ一緒に『ザ、おせっかい!』やりませんか。男女の出会いの創造に私と一緒に加担しませんか。同意いただける方は、そっと私にお電話ください。もちろん守秘義務は必ず守ります。先ずはこれまでに開催してきた『知覧の旅』と『富士登山』にご参加いただける男性、女性をご紹介ください!m(_)m

平成29年が始まりました。                                    

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どなた様も、心身共に明るく

健康でありますように。